大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)1714号 判決

被告人 山辺信雄(昭八・一一・二六生)

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

ただし、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官検事伊藤榮樹作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりで、これに対する答弁は、弁護人柏木博、同戸塚悦朗連名の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一について

所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実中被告人が児童であるS・T子に淫行をさせたとの点について、○村○次○と同女が旅館「ホテル○○○」において情交関係を結ぶに至つたことを認めながら、右関係は右両名の自発的意思によつて形成されたもので、被告人は両者の仲介行為をしたに過ぎないとの理由で、児童に淫行をさせる行為に該当しないとして、被告人に無罪を言い渡しているが、右両名が情交関係を結ぶに至つたのは、被告人が、右両名に情交関係を結ばせる目的で積極的に仲介行為を行なつた結果であり、右両名の情交関係が被告人の仲介行為と無関係に生じたものでないことが認められるから、原判決には事実の誤認があり、右誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて、調査すると、原判決は、その理由中(一部無罪の理由)の項において、本件控訴事実中被告人が児童であるS・T子に淫行をさせたとの点について、所論指摘のような理由により被告人の行為は未だもつて児童福祉法三四条一項六号にいわゆる児童に淫行をさせる行為に該当しないものと説示し、本件公訴事実中この点について刑事訴訟法三三六条前段に則り被告人に対し無罪の言渡しをしたことが明らかである。

そこで、所論にかんがみ、本件公訴事実中右の点につき、右両名が情交関係を結ぶに至つたのは、被告人が右両名に情交関係を結ばせる目的で積極的に仲介行為を行つたか否か、すなわち被告人の仲介行為と右両名の情交関係との因果関係の有無について検討することとする。原審第三回、第四回各公判調書中の証人S・T子の供述記載部分、同第七回公判調書中の証人○村○次○の供述記載部分、被告人の検察官に対する昭和四九年五月二一日付、司法警察員に対する同月一七日付各供述調書中同人の供述記載によれば、被告人は、昭和四八年七月上旬ころその経営する「劇団○○○」専属のポルノ女優・ヌードモデルとして自己の支配下においていた当時一七歳の児童であるS・T子のパトロンとして友人の○村○次○を選び、右○村に対し「チビ(同女のこと)の面倒をみてやつてくれないか」と働きかける一方、同女に対しても「○村さんがパトロンになりたいと言つているが、その気はないか」などともちかけて、これを承諾させ、その旨報告をうけた右○村は、そのころ同女のパトロンとなるについての具体的条件を取り決めるべく、電話で被告人に対し「S・T子に会いたい」旨申し入れ、被告人の了承を得たうえ、同日夕刻被告人方事務所から同女を連れ出し、同女とパトロンになるについての具体的内容について話し合つた後、「ホテル○○○」で情交を結ぶに至つたことが認められる。原判決のいう「仲介」とは、被告人が右○村を同女のパトロンにするため右両名に積極的に働きかけたことを指しているのか、本件当日右両名が会うことについて仲介したことを指すのか、必らずしも明らかではないが、いずれも右○村を同女のパトロンとするための一連の行為であり、その仲介行為によつて「ホテル○○○」における右両名の情交が行なわれたことが明らかである。そして、被告人が仲介した右両名間のパトロン関係とは、同女が右○村から経済的援助を受ける代償として、同女が右○村と情交関係を結ぶ内容のものであることは、被告人の検察官に対する昭和四九年五月二一日付供述調書中の「面倒を見るというのは男と女の間の話で肉体関係をしてその代わり○村の方で適当なアパートにでも住まわせ月々金の手当をしてほしいということです」との供述記載部分、原審第三回公判調書中の証人S・T子の「パトロンとは部屋を借りて貰つて、お金を貰い一週間に何回か来て肉体関係をすることです」という供述記載部分、原審第七回公判調書中の証人○村○次○の「勿論、肉体関係も条件にはありました」旨の供述記載部分によつて明らかであり、本件当夜右○村と同女が会つた理由は、パトロン関係についての具体的条件を話し合うためであつたことも、原審第三回公判調書中の証人S・T子の供述記載部分及び同第七回公判調書中の証人○村○次○の供述記載部分により認められ、更に、右○村が「ホテル○○○」において同女と情交を結ぶに至つたのは、同女のパトロンになることを前提としたものであることも原審第七回公判調書中の証人○村○次○の「『ホテル○○○』へ行く前にS・T子に対しS・T子を住まわせるアパートを見せ、『ホテル○○○』においてもS・T子に対し経済的援助とか、将来の設計などについて話し合つた」旨の供述記載に徴し明らかである。右認定の各事実によれば、右○村と同女が「ホテル○○○」において情交関係を結ぶに至つたのは、被告人が右両名に情交関係を結ばせる目的で積極的に仲介行為を行つた結果であり、右両名の情交関係が被告人の仲介行為と無関係に生じたものではないことが優に認められ、右認定に反する証人○村○次○の原審公判廷における供述部分及び被告人の原審公判廷における供述部分、捜査官に対する各供述調書中の供述記載部分は到底措信することができない。してみると、右と異なり、右両名の情交関係は、右両名の自発的意思により形成されたものであることを理由として本件公訴事実中被告人が児童であるS・T子に淫行をさせたとの点について無罪の言渡しをした原判決には事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、検察官のその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件につきさらに判決する。

(原判決が認定した罪となるべき事実のほか、当裁判所がさらに認定した罪となるべき事実)

被告人は、東京都目黒区○○○×丁目×番×号所在の○○アパート×階×号室に事務所を設けて芸能社「劇団○○○」を経営しているものであるが、昭和四八年七月上旬ころ、右事務所において、被告人が女優などとして雇い使用している児童であるS・T子(昭和三一年三月二六日生)に対し「○村さんが君のパトロンになりたいと言つている。パトロンになつてもらえば、マンションを借りてやるそうだが」などと申し向けて被告人の友人である○村○次○(当時三一年)を相手方として性交するよう勧誘し、これを承諾させ、よつて、そのころ、右○村を同女に引き合わせたうえ同女をして同都港区○○×丁目××番××号の旅館「ホテル○○○」の客室において、右○村を相手方として性交させ、もつて満一八歳に満たない児童に淫行させたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の原判示所為は児童福祉法三四条一項九号、六〇条二項、罰金等臨時措置法二条、四条、刑法六〇条に、当裁判所がさらに認定した判示所為は児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号、罰金等臨時措置法二条、四条に、それぞれ該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い後者の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人がS・T子を児童でないと信じたことに過失がない旨主張するが、右主張に対する当裁判所の判断は、原判決の(弁護人の主張に対する判断)の項に説示するところと同一であるから、これを引用する。

よつて、主文のとおり判決する。(検察官西村常治公判出席)

(裁判長裁判官 吉田信孝 裁判官 金子仙太郎 小林眞夫)

参考 原審(東京家 昭四九少イ四号、同五号 昭五〇・七・一七判決)

主文

被告人を懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人が児童であるS・T子に淫行をさせたとの点につき同被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は東京都目黒区中目黒×丁目×番×号所在の○○アパート×階×号室に事務所を設けて芸能社「劇団○○○」を経営しているものであるが、○田○美と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和四十八年三月下旬頃から同年七月中旬頃迄の間児童であるS・T子(昭和三十一年三月二六日生)をヌードモデルやいわゆるポルノ映画の女優として雇入れ、前記アパートに○田○美と共に居住させ、以て児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつてこれを自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

法律に照すに、被告人の判示所為は児童福祉法第三十四条第一項第九号、第六十条第二項、罰金等臨時措置法第二条、第四条、刑法第六十条に該当するので所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により刑法第二十五条第一項第一号を適用し本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中被告人が児童であるS・T子に淫行をさせたとの点については、昭和四十八年七月上旬頃東京都港区○○×丁目××番××号の旅館「ホテル○○○」の客室において○村○次○とS・T子が情交関係を結ぶに至つたことが本件証拠上認められるけれども、この関係は右両名が双方の自発的意思によつて形成したものであつて、被告人は両者の仲介をしたに過ぎないものと認められるから、被告人のこの行為は未だ以て児童福祉法第三十四条第一項第六号にいわゆる児童に淫行をさせる行為に該当しないものというのほかはなく、本件公訴事実中この点については刑事訴訟法第三百三十六条前段に則り被告人に対し無罪の言渡をすべきものとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は被告人がS・T子を児童でないと信じたことについて過失が無かつたと主張し被告人がS・T子を本人詐称の年齢により児童でないと信じたことは本件証拠上これを認めることができるけれども、単に本人の供述や外観的発育状況によつて児童でないと判断したとしても、客観的資料である戸籍騰本等について正確な調査を講じた形跡の認められない本件において被告人に過失がなかつたとはいえない。所論は、他人の戸籍騰本は今日たやすく入手できない実情にあると主張するけれども、その入手が困難であれば児童の父兄等についてその年齢を確認すべきであつて、いずれにせよ左様な手段を執つていない以上被告人に過失の責任を免れるべきいわれはなく、所論は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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